この夏、東京・代々木公園を中心に感染が広がった「デング熱」。国内での感染は約70年ぶりで、代々木公園以外の場所にもウイルスを持つ蚊は広がった。ウ イルスを媒介するヒトスジシマカの活動期は5月~10月とされ、日本では冬場の感染はないとされている。しかし、本当にウイルスを持った蚊は越冬しないの か。来年以降も感染が広がる恐れはないのだろうか。
■広がるヒトスジシマカの分布域
約70年ぶりのデング熱の国内感染が明らかになったのは、8月27日。埼玉県の10代女性が同月20日、突然高熱が出たため、県内の医療機関を受診。症 状からデング熱が疑われ簡易検査をしたところ、陽性となったのだ。女性の血液は国立感染症研究所(感染研)に持ち込まれ、感染研の検査でデング熱と正式に 確認された。
デング熱はこれまでも、海外で蚊に刺された人が帰国した後に発症する例が毎年150例程度報告されていた。デング熱は蚊に刺されてから発症するまでの潜 伏期間が3~7日間とされるが、女性には直近の海外渡航歴はなかった。つまり、女性が感染したのは国内ということになる。
国内には、海外の流行地域でデング熱を媒介するネッタイシマカは生息していないが、同様に媒介能力のあるヒトスジシマカが秋田県以南に生息する。住宅街 の庭や公園、墓地など屋外に生息し、いわゆる「ヤブ蚊」として知られる蚊だ。国立国際医療研究センター(東京都新宿区)の忽那賢志医師は「以前は関東が北 限だったが、温暖化によりヒトスジシマカの分布域は広がっている」と解説する。
■患者の8割以上は代々木公園周辺で蚊に刺された
海外渡航歴がない女性がなぜ、デング熱に感染したのか。理由として考えられるのは次のケースだ。海外で蚊に刺されて感染し、帰国後に発症した患者が国内 でヒトスジシマカに刺される。そうすると、蚊の中でウイルスが増え、次に人を刺すときウイルスに感染させるのだ。女性はウイルスを持つ蚊に国内で刺され、 感染したとみられる。
1匹の蚊が死ぬまでに人を刺すのは4、5回程度。ウイルスを広げないためには、ウイルスを持つ蚊がどこにいるかを特定し、そこで蚊に刺されないようにす ることが有効だ。厚生労働省は埼玉の女性がどこで蚊に刺されたか特定する調査を始めたが、翌日、女性の同級生2人もデング熱に感染していたことが判明。3 人が共通して蚊に刺された場所として、代々木公園が浮上した。
その後、都の調査で代々木公園からウイルスを持った蚊が発見され、代々木公園が感染場所となった可能性がほぼ確定された。しかし、感染者が増えると、中には代々木公園周辺を訪れていない患者も現れ、感染場所が同公園だけでないことも分かってきた。
ウイルスを持った蚊も、代々木公園だけでなく近くの新宿御苑でも発見され、実際にウイルスが広がっていたことが裏付けられた。「患者の8割以上は代々木 公園周辺で刺されている。公園の複数個所からウイルスを持つ蚊が出ており、代々木公園が感染を広げる中心的な場所になったことは間違いない」と厚労省。逆
に、感染場所として疑われた他の公園などではウイルスを持つ蚊がそこまで増えていなかったため、感染者の数が少なかったとみられる。
■蚊は寒くなると死滅するが、卵は…
厚労省によると、蚊の寿命は約1カ月。都は代々木公園の大部分を閉鎖し、5回にわたり駆除を行った。ウイルスは蚊から蚊にうつることはないため、人を刺 さなければ感染が広がることはない。国内でヒトスジシマカが活動するのは5~10月。蚊の寿命や生息できる季節からみても、ウイルスを持つ代々木公園の蚊 はそろそろ死滅するとみられる。
寒くなると蚊は死滅するが、卵は小さな水たまりや雨どいなどで冬を越し、次のシーズンに温かくなると孵化する。卵にウイルスが受け継がれ、次世代の蚊がウイルスを持つ可能性はないのか。
感染研昆虫医科学部の沢辺京子部長は「海外ではウイルスが卵に受け継がれたとの報告もある。しかし、日本は熱帯地方より気温が低いので、気候が温かく なってから数カ月しないと孵化しない。その間に乾燥して死滅する卵も多いので、ウイルスを引き継いだ卵が孵化して次のシーズンも活動する可能性は低い」と 話す。
そもそも今年の国内の流行は局所的で、海外のように何万人も患者が出てはいない。となるとウイルスを持つ蚊自体が少なく、それが卵に引き継がれて、乾燥 など厳しい環境に耐えて数カ月後に孵化する可能性はさらに低い。それよりも「再び海外からウイルスが持ち込まれ、それが国内で広がる可能性の方が高い」と 沢辺部長はみている。
■「来年は医師もデング熱を疑って検査」
確かに、来年以降に国内感染の患者がゼロになる可能性は低いと指摘する声もある。
感染研ウイルス第1部の高崎智彦室長は「今年、デング熱の国内感染がこれほど広がったことで、医療機関は来年以降、海外渡航歴がない患者でも、デング熱を疑い検査するようになるだろう」と予想する。
これまでも国内感染が起きていた可能性が指摘されるデング熱だが、医師が海外に行っていない患者をデング熱と疑うことはほとんどなかった。しかし、今年 の流行で、国内でもデング熱が広がることが分かった。そうなると、デング熱が疑われる症状があれば医師が積極的に検査するようになり、デング熱の患者が発 見される可能性が高いというわけだ。
代々木公園を中心に広がった今年のデング熱は、150人を超える患者を出した。これは「公園内にウイルスを持つ蚊がたくさんいる“ホットスポット”が複 数できてしまったことによる」(厚労省)。仮に来年、国内感染が起きたとしても、医師が積極的に検査して早期に患者が発見され、蚊に刺された場所が分かれ ば、ホットスポットができる前に蚊の駆除などの対策が取れる。
厚労省は8日、デング熱を始めとする蚊が媒介する感染症の対策を話し合う検討会を開催した。蚊が媒介する感染症にはマラリアなどデング熱より致死率が高 く、重症化するものも多い。こうした感染症が国内に持ち込まれる恐れもあり、今年のデング熱流行を契機に蚊に対する警戒を続けていくことが必要だ。
■代々木公園、開園のめど立たず
一方、閉鎖が続く代々木公園では、現在も蚊のデングウイルス保有調査が週1回行われているが、直近ではウイルスを保有する蚊は採集されていない。採集さ れた蚊の数自体も秋口には200匹近くだったのが、気温の低下に伴って蚊の活動が低下し、現在は30匹程度に減っている。
しかし、都は「ウイルスを持つ蚊が採集されていないからといって安全というわけではない」とし、10月末まで調査を続けた上で、専門家の意見を聞いて調査続行の可否を判断するという。
また、公園の閉鎖について、都民から「いつごろに公園を開けるのか」との問い合わせも寄せられるが、10月7日も上野公園で感染したとみられる患者が出たことから、都は「しばらく様子を見る必要がある」と話しており、開園のめどは立っていない状況だ。
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