11月に入り、風邪やインフルエンザウイルスにかかる 人が増えてくる季節になりました。もしも風邪をひいて病院へ行った場合、医師に処方される薬はどのようなものでしょうか? 解熱剤、胃薬、痰を切る薬 ──。「あれ、抗生物質がない」と思うかもしれませんね。場合によっては、抗生物質が出されることももちろんありますが、一般的に、風邪で抗生物質が処方
されることはあまりありません。こちらから強く希望すれば、もしかすると出してくれる医師もいるかもしれませんが、きっぱりと断られることもあるはずで す。なぜでしょうか? それは、11月16日からWHO(世界保健機関)が呼びかける『ある取り組み』と大いに関係します。
【図】ノーベル生理学医学賞 大村智氏が着目した「放線菌」とはどんな微生物?
抗生物質とは、微生物から抽出された物質のこと。たとえば、2015年10月にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智博士(北里大学)は放線菌から エバーメクチンを抽出しました。この物質はもともと、細菌同士が縄張り争いをするときに、自分の陣地を広げるために他の細菌を殺す目的でつくっています。 これをうまく細菌から取りだし、薬にしたものが抗生物質です。近年は、人工的に細菌を殺す薬もつくることができるようになったので、抗生物質と合わせて 「抗菌薬」と呼ばれています。菌を殺すための薬なので、実は大半の風邪には効果がありません。
風邪の多くは、風邪を引き起こすウイルスが原因と考えられています。ウイルスが体内で増殖するのを抑えてくれるのは、抗ウイルス薬といいます。インフル エンザウイルスにはタミフルやリレンザといった抗ウイルス薬が処方されます。ですが、いわゆる風邪の原因となるウイルスは100種類ほどあって、それらを いちいち特定するよりも、体の本来の力で治るのを待つ方が早い場合がほとんどです。
風邪を引いて病院に行った時、医師が「抗生物質も出しておきますね」と言ってくれたら、「なんのために出すのですか?」と勇気を出して聞いてみるのもい いかもしれません。もちろん、風邪ウイルスの感染によって体の抵抗力が弱まっているときに、別の細菌が感染するのを防ぐ目的でお年寄りなど体の弱い方に処 方するという場合もあります。
抗菌薬は、昔から人間を悩ませてきた病気の原因となる細菌を殺すための薬です。たとえば結核菌は、日本でも1950年まで年間10万人の死亡者が出てい ました。このような感染症を撲滅するため、製薬会社も薬になる物質を発見しては、抗菌薬に変え、治療に役立ててくれていました。その効果は絶大で、抗菌薬
が登場する前は、出産のときや怪我の傷口などから細菌が体に入り込み、命にかかわることも珍しくなかったのですが、現在ではそのようなことはめったにあり ません。しかし、抗菌薬が気軽に処方できるようになったいま、薬の効かない細菌(耐性菌)を増やしてしまっています。
前の方で、抗生物質は細菌の縄張り争いのために細菌がつくっている物質だということをお伝えしました。私たちのすむ世界は、肉眼ではまったく見えないけ れど、細菌たちに満ちています。細菌にもいろいろ種類がありますが、同じ菌の中でも薬がとてもよく効く細菌と効きにくい細菌が共存しています。
必要のない多くの人たちが特定の抗菌薬をどんどん飲んでいったらどうなるのでしょうか? その抗菌薬は私たちの体に吸収され、薬が効く菌を殺してくれます。しかし、中には薬が効かず、生き残る細菌、耐性菌がいます。この耐性菌たちは、薬が効く
細菌が死滅したおかげで、栄養分や場所を独り占めすることができます。そうして、どんどん増えていきます。そして、尿や便、汗などのさまざまな経路を通じ て体の外に出て行くのです。抗菌薬を飲む人が増えるほど、外の世界で、薬が効く細菌と耐性菌の割合が、徐々に崩れていきます。
実は、これは人間の間だけで起きていることではありません。私たちの身近な、家畜のまわりでも起きています。私たちの食べるブタやウシ、ニワトリは、定 期的に、低濃度の抗菌薬をエサと一緒に食べています。成長を促し大きく育てるために、飼料添加物として加えることが飼料安全法により認められているので
す。そして、作物にも農薬として塗布されていることが多いです。しかし、先ほど同様、抗菌薬を使うほどに、耐性菌は増えていきます。
今、この抗菌薬が私たちに薬が効かなくなる時代をもたらそうとしています。1970年以降、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)という耐性菌が知 られるようになりました。黄色ブドウ球菌は珍しい細菌ではありませんが、それまでは効果のあったメチシリンという抗菌薬が効かなくなったのです。耐性菌
は、抗菌薬をよく使う場所で出現しやすくなります。また、体が弱っている人は耐性菌が増えるのを防ぐことができずに深刻化しやすい傾向があります。このた め、耐性菌が問題になるのは病院が多いのです。
ところが、アメリカのニューヨーク州では、病院内だけではなく一般社会でも感染者が出ていることがあり、大きな問題になっています。この病気は体の抵抗 力が低くなっている時に感染すると、皮膚の炎症などを引き起こし、ひどいときには肺炎や髄膜炎を起こし命に危険が迫ります。
WHO(世界保健機関)は、世界中で抗生物質の適正な利用を呼びかける「抗菌薬啓発週間」(2015年11月16~22日)を今年始めてスタートさせま した。日本でも国立国際医療研究センターの国際感染症センターが中心となり、医師や私たち市民に対して適正使用を呼びかけています。
専門家によると、私たちの心がけで耐性菌が増えるスピードを弱くし、今ある抗菌薬をできる限り長く使うことができるそうです。
抗菌薬啓発週間2015が呼びかけている、4原則がこちら。
(1)求めない
薬をもらうと安心するのは、当然のことだと思います。でも、自分にとって効果のない薬をもらって飲んでも、無用な副反応を引き起こす恐れがある上にお金 がかかります。できるだけ症状に対して効果のある薬だけをもらうようにしたいものですね。薬の処方で気になることがあれば、医師に遠慮せず相談しましょ
う。医師の中には、意味のない薬と知りながら、欲しがる人が多いという理由で処方しているという人もいるそうです。
(2)飲むならきちんと
もらった薬は残さず飲みきることが大切です。その薬はそのときのあなたのためのものです。その細菌を殺すために、適切な量が処方されているはず。症状が良 くなった気がしても飲み続けて、確実に細菌を死滅させてください。そうしないと、生き残っていた細菌が、しだいに耐性を持つようになってしまいます。
(3)もらわない
親切心で処方薬をくれそうな方に出会ったら、丁重にお断りすることがよいです。そしてやんわりと抗菌薬を捨てることをアドバイスしてあげられると、その抗菌薬を長く使える可能性が伸びます。
(4)あげない
(3)の逆ですね。病気の症状を判断できるのは医師だけです。抗菌薬は市販の風邪薬とは違います。医師でもない人が独自の判断で、抗菌薬を誰かにわたすのはしない方が良さそうです。
WHOのキャンペーンでは、日本とは違い抗菌薬を処方箋なしで購入できる国もあるため、「求めない」のかわりに「買わない」ということが組み込まれています。
耐性菌が増えるスピードをゆるめ、今ある抗菌薬を長く使えるようにするために、まずは自宅にある薬から確認してみるのはいかがでしょうか。薬についてよくわからない場合には、お薬手帳を見直すか、医師や薬剤師に相談するのがおすすめです。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 鈴木啓子(すずき・けいこ)
1983年、神奈川県生まれ。東京医科歯科大学大学院生命情報科学部で幼少期の学習行動の研究に携わり博士(理学)を取得。2012年より現職。
【グレース】 オゾン(除菌・脱臭)・高濃度水素水・サイマペットの販売
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